店舗は、開店、譲渡、社員が社内からの完全独立形態(IBO*と呼んでいる)などを経て、現在は横浜から市内西部、二俣川、三ツ境、瀬谷を通り、大和、海老名へむかう相鉄沿線に集中投下して店舗を展開している。
*IBO=Independent Buy Out
あえてFC化やIPOを目標にしないのは、美容師のクリエイティヴィティを活かすため。
IPOは会社の実力からも今しばらくはありえない選択肢だ。IPOは大まかに言うと利益とスピードを要求され、美容においては教育という概念が必要でIPOとは離反する部分がまだ多い。
美容師の個性を重んじながら企業の核となって存分に実力を発揮してもらい、さらにはその地域に必要とされる店舗と人になるには教育と時間が必要、美容ビジネスは基本サービス業の集大成だからだ。
存在価値のある店のみがその地域に評価され、生きづき繁栄する。必要とされる店と技術そして人のみが生き残ると考えるからだ。
その意味に於いては未だ美容は創造産業、それもれっきとしたサービス業であるとの考えで経営されている。
今の地域密着型で経営できるまでには随分と辛酸もなめた。実は以外にも撤退・閉店なども経験している。
代表取締役いわく「閉店店舗はイメージ戦略のみが先行して投資額に対する仮説と検証が出来ていなかった」…と。
ただ「撤退から学んだ事は通常店舗のそれより数倍多い」とも。
1996年3月、小田急江ノ島線、相鉄いずみ野線の湘南台駅に程近いわずか10数坪の貸店舗で産声を上げたのがカープロテクト。現社長、高井勝彦の卓越した技術とクルマに対する熱き想いが道筋をひらいた。
着実に発展してきたカープロテクト。
企業拡大、店舗移転のきっかけはやはりスペースの問題、作業効率優先の考え方は開業当初より全くなく、お客様のクルマは洗車さえも外部(青空部分のスペース)では行わない。
そうなると完成したクルマの保管場所やセキュリティーの意味合いからもスペースが必要。入・出庫のタイムラグもあるのでスペースの限界値は2007年頃にすでに超えてしまっていた。
約半年間の市場調査、さらに半年間の店舗検索、シュミレーションを確実に厳しく実施して、エクイティを開始。
東名高速横浜青葉インター、第三京浜都筑インター、国道246至近の業界羨望の地域、クルマ業界の「東日本のメッカ」と呼ばれる横浜:港北ニュータウン内に2008年2月に移転を完了。
「夢のコーティングベース」がブランディングメッセージの最新コーティング施設が誕生した。
広さが約74坪(延床面積約245平米)別に、店頭の来客用駐車場部分がゆったり8台分確保出来ている。
カープロテクトに対するエクイティに関しては、プライヴェートエクイティファンド(PE)の資金は使わず劣後ローンや優先株等によるコンポーネントも組み合わせていない経営者側から見て自由度の高いものになっている。